「RDF意味論」の和訳を国立情報学研究所の私のホームページにアップしましたが,日本語で読んでもやっぱり難しいという方もきっといらっしゃると思い,和訳した「RDF意味論」を読むための連載記事をここに書きました.コメント,質問などを歓迎いたします.

2008年12月27日土曜日

「RDF意味論」を読むために 終わりにあたって


ここまで読んで下さって,どうもありがとうございました.

最初に意図したほど多くを書くことができませんでしたが,ある方がご自分のブログで紹介してくださったおかげで,何とキーワード「RDF意味論」で連続何週間も Google 検索トップ10以上を関連ページが占めるということになりました.この場を借りてお礼を申し上げます.

RDF意味論の和訳がなくて,自分自身苦労したことが動機となって,こうしたことをやったのですが,これをきっかけに普段RDFを使っている人たちも何か疑問を持ったおりに,参考となればと思っています.

最初に0章にて,

人にとってのなんちゃらなどとは一切考えずに,・・・語彙と語彙との関係を・・・数学的に考えます
と書きましたが,実はそれこそが生きるうえでの意味(meanings)に重なるとここでは主張したい.我々は単独でこの世の中に存在できません.すべて他者との関係の中にある.色即是空とはどうもそういうことらしいです.実体などというものは,あたかもらっきょの皮むきのように,探っていくと何もなくて,すべては関係性にあると.そういう仏教的な立場に立つと,オントロジー研究やRDF意味論も一層の輝きを増してくるように思えます.


0 コメント:

読者

自己紹介